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2011/05/01(日)10:32
アピール大行動2010memo

Yさん



精神障害の分野から、3点ほど問題提起させていただきます。

①精神障害者の地域移行、社会的入院の解消について。

 入院中心から地域生活中心へといわれて久しいが、精神障害者の地域移行は全く進んでいません。

 従来、住宅やグループホームなどの受け皿つまり社会資源がないから地域移行が進まないといわれてきました。

 しかし、少なくとも仙台など都市部では社会資源は整いつつあります。

 けれども、社会的入院者は全く減っておらず、地域移行は遅々として進んでいない。

 これは、なぜか?精神病院が精神障害者をがっちり囲い込んでいるからです。経営の論理からいって空きベッドを出したくないわけです。

 現在、日本の精神科病床数は35万床で、人口比でも絶対数でもダントツの世界一です。平均在院日数が300日を越える国など世界中どこにもありません。つまり、精神障害者にとっては、日本はいまだに隔離収容主義の収容所列島なのです。

 精神障害者の地域移行、社会的入院の解消が進まないのは、地域の受け皿づくりへの不熱心さもありますが、端的にいって、国が精神病院のベッド病床数の削減をこれまで行ってこなかったからです。

今、世界では、精神病院という管理と支配と抑圧の非人間的なシステムは、過去の遺物になりつつあります。イタリアは精神病院を全廃しました。各国も精神病院をどんどん縮小しています。

国は現在まで続く隔離収容施策の誤りをはっきりと認め、精神科病床の大幅削減と地域精神医療体制の構築へと大きくかじを切らなくてはなりません。

こういう施策の大転換を可能にするには政治の力がぜひとも必要だと考えます。

私は、政権交代がなった今が最初で最後のチャンスだと思っています。先生方どうぞよろしくお願いします。

②医療観察法について

 今日の資料にこういうリーフレットを挟ませていただきました。詳しくはそれを読んでいただくとして、この法律は、池田小事件を契機として、週刊誌やメディアによる「危険な精神障害者を野放しにするな!」という差別的キャンペーンと国民的な集団ヒステリーのなかで拙速に提出された差別法です。この法の欠陥は、たとえば、精神障害者の犯罪率や再犯率が一般市民と比べて決して高くないこと、そもそも再犯予測が不可能であること、触法精神障害者への特別な精神医療など存在しないことなど散々言われてきました。この法の成立時、今日みえられている3党の皆さんは、いずれも絶対反対の姿勢を貫いていただきました。今年は医療観察法の見直しの年に当たります。是非とも、この精神障害者への差別と閉じ込めの法律を廃止してくださいますようお願いします。


③最後は自立支援医療についてです。

 精神障害は医療との関わりがとりわけ大きい障害です。自立支援法廃止までの救済措置として、応能負担への転換がはかられていますが、精神の場合、自立支援医療は、支援法施行前の2倍の自己負担のままで応益負担が続いています。これをなるべく早く応能負担にしていただけるようお願いします。

 以上、3点質問というよりはお願いになってしまったわけですが、ぜひご検討をお願いします。
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2011/05/01(日)10:27
宮城県知事への要望=精神障害者から

Yさん



・60年代から現在まで続く隔離収容主義、それに伴う民間精神病院の粗製乱造を反省し、入院ではなく、地域で安心して暮らせる地域精神保健医療体制の構築へと大転換をはかってほしい。

・精神病院に漫然と収容され、人生を奪われている社会的入院者の退院促進を早急にすすめること。それには、まず第一に居宅支援が必要であり、NPOなどと連携をして、グループホームの増設や、公営住宅・民間アパートなどへの入居支援施策が必要。

・さらなる社会的入院者や長期入院者を出さないように、とりわけ民間精神病院へのコントロールを強化し、大胆に病床削減をすすめてほしい。

・精神障害者への差別や偏見を取り除くため、地域社会への啓発活動を強力にすすめて欲しい。

・仙台市以外の地域での社会資源が不足しており、地域格差が拡がっている。特に、困った時にいつでも頼れる相談機関の充実をはかってほしい。
2011/05/01(日)10:24
心のネットワークみやぎ2010講演より

「病を得ても生き抜くこと」~生きづらさの要因は何か~

Yさん



1、これから話すこと

 私たちは精神病に罹患したことで様々な社会的不利益をこうむっている。それは、症状がもたらす個人的ないし医学的不利益というより、社会制度や世間が生み出している差別や偏見などの障壁が産み出したものが多い。障害は個人ではなく社会にある。

 まず、自分の入院体験をもとに、日本精神医療が陥っている1番の問題点=隔離収容主義と「精神病院依存症」について話す。精神病になったがゆえに、精神病院に収容され、あたりまえの地域生活を送れないでいる人達が全国に34万人も存在することを地域で暮らす僕達も忘れてはいけない。

つぎに、地域で自立生活を送るうえで障害となる法制度、差別・偏見について話す。

最後に、そうした「生きにくい」環境のなかで病を抱えながらも、わたしたち精神障害者が、どうしたら少しでも良い人生を送れるか?生き抜いてゆくためのヒントについて考えてみる。

2、精神病院は必要か?(ハートインみやぎシンポのmemoをもとに)

①精神病院入院体験を語る

・3種の精神科入院の経験・・・・イ都内の私立大学付属病院精神科病棟、ロ公立単科精神病院、ハ民間精神病院。
 
イ、初診の際、何の説明も無く注射を打たれ意識を無くす。気付いたらリノリュームの床にマットレスと便器がある個室に寝かされていた(後で保護室とわかる)。訳が解からず、しばし茫然とする。注射されてから2日程経っていたらしい。しばらくして、病棟へ移る。男女混合の閉鎖病棟。若い患者が多い。明るい雰囲気。長期入院者・慢性患者と思しき人はほとんどいない。皆小奇麗な服装をしている。ただ問題なのは入院中、医師から診察を受けた記憶がまったく無い。多分本当になかったのだろう。

印象に残っているのは教授回診。まるで「白い巨塔」のパロディー。一同直立不動で教授の言葉を待つ。何かの冗談かと思う。ここでも教授に声をかけられた記憶は無い。研究対象として、自分は凡庸だったのかも?結局一ヶ月半ぐらいで寛解し退院。以降の通院や服薬の指導もなく、診断名さえ知らされず、当然病識を得ることもなかった。とにかく何もかも初めてだったので、精神科入院とは、こんなものかと思って退院する。いま考えると治療ではなく隔離収容することそのものが入院の目的だったと思える。
 
ロ、次は、一般には「良い病院」とされる公立単科の精神病院。男子閉鎖病棟へ入院。若くて体力のある急性期の患者が多数。現・元暴力団員、武道有段者、元ボクサー、元自衛隊員など気の荒い腕自慢多数。一方、看護師サイドも屈強な男性看護師ばかりをそろえている。患者同士の暴力、患者から看護師への暴力、看護師から患者への暴力それぞれあり。看護師と患者の関係は、看守と囚人の関係。患者間の窃盗・ゆすり・賭博などの横行。懲罰としての保護室の多用。(現在は男女混合病棟となり、女性看護師が増えたり、管理技術の進展などにより平和な病棟になっている)。保護室への長期収容、身内との通信面会の自由の制限、肢体拘束なども身を持って体験した。一方、開放病棟には年老いた長期入院者・社会的入院者が多数おり(全体の3分の1程度)、人生に対する諦めと無気力に支配された日々を送っている。

 とはいえ、比較的多くのコメディカルスタッフ(OTやPSW)を抱えており、退院促進や社会復帰のためのプログラムも積極的に提供している。訪問看護などの地域医療などにも力を入れていることも強調しておく。だが、退院できているのは、比較的症状が軽く予後の良い入院患者にかぎられているように思われる。

 退院後に、病状や病気による労働能力の低下ではなく、「あの有名な○○病院に入れられるような人間はうちにおいておけない」ということで、会社を馘首される。精神病院収容が社会では、差別・偏見のアイコンとなっていることと、それが労働市場からの排除をもたらすことをつくづく思い知らされた。
 
ハ、福島県で、この精神病院だけには入ってはいけないといわれていた民間精神病院に強制的に移送・入院されたことがある。小奇麗な外来ロビーをとうりぬけ、長い階段を降りると古色蒼然として小便の臭いの立ちこめた暗い木造の閉鎖病棟にたどり着く。ここにはベッドはなく、薄汚れた大小さまざまな畳部屋がいくつもある。窓には鉄格子が、当然のごとくはまっている。患者は古畳のうえに、シーツもないせんべい布団を敷き雑魚寝する。まず驚かされたのは、看護師の少なさ。30人ほどの入院者に対して常時2人しか勤務していない。それも、学校を出たばかりと思しき元ヤンキー風の青年2人だ。2人とも何故かつま先を金属で固めた安全靴を履いている。ナースステーションを覗くと一番奥に金属バットとサスマタが置いてある。彼らの勤務が終わり、夜勤の看護師と交代して、長い階段を上がっていくとき、患者全員が大声で「お疲れ様でした!」と唱和し、ふかぶかと最敬礼したことにも驚いた。やがて、消灯時間がきて、20畳ぐらいの大部屋で6人ほどの他の入院者と雑魚寝する。夜半ふと物音で目を覚ますと隣の布団からひそひそ話が聞こえる。どうやら男色に耽っているらしい。あまり良く眠れなかった。次の朝起きると各自布団をたたみ、壁際に寄せて、ほうきとちりとりで部屋を掃除する。皆病人とは思えないほどキビキビと行動する。地下にある食堂でてきぱきと朝食を済ませると、作業療法が始まる。作業療法といっても中身は院内清掃を中心とした不払い労働=使役である。自分は便所掃除を命じられた。同部屋の患者3人と亀の子たわしで力いっぱい便器を磨く。便器は綺麗になるのだが、配水管が詰まっているのか小便器の底に溜まっている小便が流れていかない。ゴム製の器具を使ってスッポン・スッポンやるのだが、なかなか流れない。やがて時間が来て作業終了。

他の入院患者たちは、廊下のモップがけや窓磨き、グラウンドの草取り、大浴場の清掃などにかり出されている。皆無言で黙々と良く働く。そのせいか、皮肉にも、他の精神病院のように運動不足でぶくぶく太った患者がほとんどおらず、みな引き締まった体型をしている。昼食時には、保護室への配膳を命じられた。保護室は硬い樫の木で作られた格子で仕切られていた。まるで時代劇に出てくる小伝馬町の牢屋だ。閉じ込められている患者が見慣れない僕に興奮し罵声を浴びせ、唾を吐きかけてくる。木格子の下の隙間から食事の盆を差し入れほうほうの態で引きあげる。

数日後、妻が面会に来ることになった。だがいっさい病棟内には入れない。例の小奇麗な外来ロビーでの面会だ。しかも監視つきだ。年のいった看護婦が目の前で聞き耳を立てている。下手なことは言えない。妻はある有力者のつてで転院の要請をしているといった。よろしくと頭を下げた。それから一週間ほどで転院が決まり、先に述べた公立精神病院に移ることができた。これは、そう昔のことではない。今から15年ほど前、1995年の日本の精神医療の現実だ。

②精神病院はなくせるか?

 以上の精神病院入院体験はどれも最悪の嫌な思い出だ。計10回の入退院を繰り返しているが、そのたびに抵抗感をおぼえ、いつまでも慣れることはない。

 僕は、精神病院はなくせない必要悪だと考えてきた。自分のような急性期に激しい症状が出る精神病者は精神病院に入院するしかないとおもってきた。人権に配慮するような、少しでも良い精神病院ができるように期待するほかないと思ってきた。ところが、90年代の半ばに、「イタリアが精神病院を廃絶する」という話を知り合いから聞いた。当時あまり情報がなかったが、トリエステの地域医療や180号法のことを聞いてこれは凄いと思ったことを今も憶えている。その後、欧米の精神保健先進国の状況なども知ることができた。どの国も精神病院への隔離収容を反省し、地域精神医療への転換を図っていた。

それに比べて日本の精神保健があまりにも遅れた畸形的ともいえる状況にあることも知った。この国は重い「精神病院依存症」に罹っているといえる。(なにせ世界の14%の精神病床三十五万床が日本に集中しているのだから)。日本の精神医療の常識は世界の非常識いまや先進国では物笑いの種だ。大熊一夫さんの「精神病院を捨てたイタリア 捨てない日本」を読んで精神病院がなくても、地域精神医療の力で重い精神障害者の生活を支えられることを確信した(それもはるかに効果的に)。→{同書p113の精神病院の利用を回避したい理由を挿入}。ま
た、国連障害者権利条約でも、治療を理由とした隔離、拘束を明確に禁止している。

まず、国に今まで続けてきた隔離収容政策をハッキリと謝罪させ、地域精神医療の拡充に具体的に舵をきらせなくてはならない。もう「入院中心から地域へ」のお題目は聞き飽きた。精神病院への隔離収容が誤りだったと精神障害者に謝罪することから、地域精神医療を拡充し、精神病床を大幅削減せざるを得ないような「制度」を作っていかなければならない。

障害者制度改革推進会議の中間報告が発表された。そのなかで、私たち障害者は、もはや「施策の客体」ではなく「権利の主体」として、その社会的責任も担っていくことが宣言された。障害者運動のスローガンで言えば「私たちぬきに私たちのことを決めるな」ということだ。いくつもの厚い壁が存在することも事実だが、わたしたち当事者が積極的に発言し行動していくことが、情況を突破することにつながると信じる。

3、地域で生きるうえで障害となる法制度や差別偏見

イ、欠格条項

  皆さんは欠格条項というものがあることをご存知だろうか?精神障害者を各種免許などから除外する条項を持つ法律のことだ。精神障害者の欠格条項がいくつあるか諸説あるので分からないが、100近くはあるらしい。例えば有名なところだと→○○法、○○免許などなど。まさに「キチガイに刃物」という発想の偏見と差別のオンパレードだ。これらの欠格条項は精神障害者の職業選択の自由を大きく狭めているし、一般市民と同じように当たり前に働き生活することを困難なものにしている。

ロ、心神喪失者等医療観察法

 心神喪失者等医療観察法とは、心神喪失・耗弱の状態で傷害以上の犯罪を犯してしまった精神障害者を「再犯のおそれ」がなくなるまで無期限に特別な施設に拘禁することを可能とする法律だ。この法律は本当に問題だらけの悪法なのだが、きりがないので2点だけ問題点をあげておく。

ひとつには対象者が再び犯罪を犯すか否かの確実な予測など誰にもできないということだ。そんな根拠のない事象にもとづいて、人を長期間隔離・拘禁していいものだろうか?重大な人権侵害ではないだろうか?

もうひとつは、この法律が精神障害者=凶悪な犯罪者=社会的危険分子というイメージを人々に植え付け社会の差別・偏見を助長することだ。対象者を閉じ込める特別施設は、2重の高いフェンスに取り囲まれ、いくつもの分厚い扉で遮断された物々しいもので、わざわざ精神障害者が如何に危険な存在かを外にむかってアピールしているような代物だ。実際、「危険な精神障害者の施設を作るな!」という偏見にもとづく住民の建設反対運動も各地で起きている。この法律が運用され始めて約5年。この法律の対象となった精神障害者が14人も自殺に追い込まれていることも付け加えておきたい
 
 以上のように、わたしたち精神障害者が地域で生きていくうえで、法や制度や社会が偏見・差別・抑圧に満ち溢れており、わたしたちの社会生活を困難にする要因となっていることの一端を紹介してきた。しかし、こうした状況は、長い眼でみれば改善されていくと僕は楽観的に考えている。国連障害者権利条約が締結され、政府のもとに障害者制度改革推進会議が編成され、この仙台でも障害者差別禁止条例をつくる動きが始まっている。こうした流れをうけて遅れていたこの国の人権意識も高まっていくだろう。この後登場するACTのような精神病院というシステムに依存せず、精神障害者の地域生活をまるごとサポートする画期的な試みも始まっている。私たち精神しょうがい者の未来は、決して暗いものではない。同時に僕らの人生も決して捨てたものではないと、この頃、思えるようになった。最後に少し視点をかえて、僕らが地域で生き抜いていくためのヒントを考えてみよう。少しでも皆さんの自立生活の参考になれば幸いだ。
 

4、生き抜くためのヒント

イ、自分なりの「生きがい」を見つけること

  僕らの世代が若い頃は、「いい学校、いい会社、イコールいい人生」といわれ、特に男は、生きがいを仕事に見出すのが当たり前とされてきた。僕も30代までは精神病というハンデを背負いながらも、生きがいを感じられる仕事に就こうと散々苦労し、試行錯誤してきた。

  しかし、時代は変わった。終身雇用・年功序列はなくなり、雇用形態は極度に不安定化して、派遣やパートなどの非正規雇用が労働人口の半数を占めるようになった。万が一正社員になれたとしても、長時間のサービス残業が当たり前となり、倒れるまで働かされるのが関の山だ。どんな労働現場でも、成果主義と競争原理が貫かれ、休む暇もなく働かされる。このような労働環境の変化は、精神障害者が一般就労することを一段と難しくしている。健常者でも、このような労働環境のなかで、仕事に生きがいを見出せる人はほんの一部のラッキーな人達ではないだろうか?

考えてみれば、企業はひたすら利益を追求するためにあるのであり、社員に生きがいを与えるためにあるのではない。このことに気付いたとき、僕は仕事に生きがいを見出そうとするのはきっぱりと諦めた。そして最低限の衣食住を満たせる障害年金+αのαの分だけを稼げれば良しとした。今は週2日だけの超零細自営業を営んでいる。
けれども、人はやはり生きている限り「生きがい」というものを求めるものだ。

実際、生き抜くうえで、最低限これさえあれば大丈夫という「生きがい」さえあれば、人生は何とかなりそうな気がする。幸せなことに、僕の場合、仕事以外のことに「生きがい」をみいだすことができた。

それは、20代からこつこつ収集してきたアナログレコードでモダンジャズを聴くことだ。「なんだ趣味の話か」と言わないで欲しい。僕にとってこれは(余暇を過ごすという意味での)「趣味」以上のものだ。まず、きちんとドリップでコーヒーを淹れる。レコードを選び、裏ジャケットの演奏者名と録音年月日をちらっと確認する。ジャケットからレコードを出して、慎重にターンテーブルにのせる。レコードのほこりをクリーナーで拭き取り、針先もブラシでクリーニングする。スイッチを押してターンテーブルを手で加速をつけてまわし、狙いを定めて静かに針を落とし、アンプのボリュームを上げる。スピーカーに対座し、身を入れて音楽に没入する。この至福の時間こそまさしく僕の生きがいだと思う。最低限、この時間さえあれば生きていけると思える。

他人はどう思おうと、最低限これさえあればハッピーだと思える自分なりの生きがいを見つけ出すことを皆さんにお勧めしたい。

ロ、自分の存在を承認してくれる他者を見つけること

  人間はひとりでは生きていけない社会的な動物だ。自分以外の他者に、その存在を承          
 認し、肯定してもらえなければ、生きていくのは難しい。僕は元来、孤独を愛するたちで、一人の時間が好きだが、まったく一人ぼっちで社会的に孤立していては生きていけないだろうと思う。やはり自分をありのままに受け入れてくれる人間関係・社会関係が必要だ。僕が当事者運動や、患者会活動に取り組んでいる理由の半分は、他者と人間関係や社会関係を取り結ぶためだ。あとの半分はこの生きづらい世の中を変えるためだ。
  
自分が一人ぼっちだと思う人は、心のネットワークなり、宮精連なり患者会活動に、是非参加してみて欲しい。一口に精神障害者といっても人それぞれだけれども、皆、あなたの存在を承認し、仲間として、ありのままを受け入れてくれると思う。そういったお互いの存在を認め合う関係から、「自分は生きていていいんだ」という自己肯定感や生きる勇気が湧いてくると思う。
2011/05/01(日)10:14
仙精連報告集

Yさん



宮城精神しょうがい者団体連絡会議

 宮城県には、大小さまざまな当事者活動団体や患者会が存在し日夜活動しています。

 しかし、当事者活動団体・患者会同士の交流や連携は少なく、単会では私たち精神しょうがい者が抱える諸問題に充分に対処することは困難でした。たとえば、私たちの暮らしに直結する障害者自立支援法や心神喪失者等医療観察法について、個人的に声をあげ運動してきた有志はいても、団体総体として取り組めた当事者活動団体・患者会は残念ながらありませんでした。

 精神しょうがい者は「声なき障害者」といわれて久しいのですが、これは私たちが総じて控えめで、社会の片隅に追いやられて暮らしてきたことのあらわれです。国や地域社会やメディアも「臭いものにはフタ」的な対応をしてきたといえるでしょう。このような態度は、偏見や差別の温床です。いまこそ、私たち精神しょうがい者は勇気を振り絞って、このような状況を打破していかねばなりません。私たち自身の声を地域社会や行政に届けていかねばなりません。勿論これは一朝一夕にはできることではありません。お互いの情報や経験を持ち寄り、分かち合い、声をあげるための力をつけていかなければならないのです。

 宮城精神しょうがい者団体連絡会議には、このような問題意識を持つ県内の当事者活動団体・患者会の中心的役割を担う仲間や個人が集まりました。私たちは、約1年間の準備期間の後、2007年3月4日、仙台福祉プラザにおいて、多くの仲間の参加のもと設立総会を開催し、「もの言う患者会」として船出しました。

 設立後、真っ先に取り組んだのは、障害者自立支援法の問題でした。自立支援法は「応益負担」の名のもとに、国の財政難を障害者本人に転嫁することを目的にした法律です。これにより、医療サービスでは通院公費負担制度が廃止され自己負担額が倍増したことはご存知のとおりです。このことで、医療費がかさむデイケアを辞めざるを得なくなったり、通院治療そのものを中断する仲間たちも出てきています。また、福祉サービスでは、作業所や授産施設の利用料が上がり、工賃よりも高いというはなはだ矛盾した状況も生まれています。このため労働意欲をそがれて作業所を辞めてしまう仲間も少なくないようです。      

 私たちは2007年3月18日、自立支援法に反対する三障害合同の「アピール大行動」に参加しました。集会やパレードに延べ500人が参加したこの行動で、私たちは応益負担の廃止や自立支援法の根本的見直しを訴えました。また、この後、署名運動にも取り組み、市や県への申し入れや陳情も行ってきました。この行動は大変盛り上がり他障害の人たちとも関係性もてたことなど大きな実りとなりました。

 現在、こうした全国の障害当事者や福祉従事者の声に押されて、政府・与党は、自立支援法の見直し作業に入っていますが、決して私たちが求めるような抜本的改正ではありません。新年度も私たちは、粘り強くこの問題に取り組んでゆきたいと考えます。

 私たちは月一度の月例の会議をもっています。内容は多岐にわたりますが、見過ごせない問題は、仙台市とそれ以外の地域間格差の問題です。仙台市以外の市町村では社会資源や福祉サービスが数的にも質的にも圧倒的に足らないのです。そのため家に引きこもらざるをえない仲間が多数存在します。これは、精神しょうがい者が地域で暮らすうえで、致命的な問題です。私たちは社会資源の充実や「ふれあい乗車証」のような福祉サービスの向上などを県や他の市町村に要望していきたいと考えています。
プロフィール

○○ ○○

Author:○○ ○○


宮城精神しょうがい者団体連絡会議(宮精連)です。


私たちの団体は、
主に宮城県内で活動し、
定例の会議(討論会)を通じて、
精神の病気で大変な想いや、
体験談を語り、
社会と精神当事者を結ぶ団体です。




ブログ管理人、
○○ ○○。

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